パートナー 弁護士・弁理士 王勇

 

    国家知識産権局は2025年11月10日に第84号令を公布し、『専利審査指南』を改正し、同指南は2026年1月1日より施行される。今回の改正では、『専利審査指南』第2部分第9章における、人工知能、ビッグデータおよびビットストリームに関するコンピュータプログラムに関わる発明特許出願の審査について、大幅な内容の追加がなされている。特に発明の対象に関する審査部分が重点となっている。本稿では、当該部分に追加された内容を解説し、発明者および出願人の参考に資することを目的とする。

 

    具体的には、『専利審査指南』第2部分第9章に新たな6.1.1節が追加され、その内容は以下の通りである(以下、下線部の内容はすべて改正後の『専利審査指南』から引用されたものである)。

 

6.1.1 『専利法』第5条第1項に基づく審査

    アルゴリズム的特徴またはビジネスルール・方法的特徴を含む発明特許出願において、その中のデータ収集、タグ管理、ルール設定、推薦決定などが法律、社会道徳に反し、または公共の利益を害する内容を含む場合、『専利法』第5条第1項の規定に基づき、特許権を付与してはならない。

 

    これに応じて、本章の「6.2 審査例」において、『専利法』第5条第1項に基づく発明特許出願の審査例が2件追加された。追加された事例とそれに対応する分析は以下の通りである。

 

    (1) アルゴリズム的特徴またはビジネスルール・方法的特徴を含む発明特許出願が、法律、社会道徳に反し、または公共の利益を害する場合、特許権を付与してはならない。

 

【例1】    ビッグデータに基づく商業施設内マットレス販売支援システム

    出願内容の概要

    本発明特許出願の対象となる解決手段は、ビッグデータに基づく商業施設内マットレス販売支援システムであり、カメラモジュールと顔認識モジュールを通じて顧客の顔特徴情報を収集してその身元識別情報を取得し、収集した情報をデータ分析し、顧客のマットレスに対する真の嗜好を評価することで、事業者の正確なマーケティングを支援するものである。

 

    特許請求の範囲

    ビッグデータに基づく商業施設内マットレス販売支援システムであって、マットレス展示装置と管理センターを含み、

 

    前記マットレス展示装置は、制御モジュールと情報収集モジュールを含み、マットレス製品の展示・販売支援および顧客データを収集し前記制御モジュールは、管理センターとのデータ交互を行い前記情報収集モジュールは、カメラモジュールと顔認識モジュールを含み、顧客の顔特徴情報を収集し、キーポイント検出アルゴリズムを用いて顔姿勢を調整して正規化顔画像を取得し、それを顔検出アルゴリズムを通じて認識対象の顔領域に位置決めし、主成分分析法と組み合わせて顔領域内の顔特徴を抽出し、顧客の身元識別情報を取得し、

 

    前記管理センターは、管理サーバーと分析支援システムを含み、前記管理サーバーは、複数のマットレス展示装備を管理し、前記分析支援システムは、顧客の身元識別情報に基づき、マットレス展示装置が収集したデータを利用して分析し、顧客の真の嗜好を取得し、管理センターに分析結果をフィードバックすること、を特徴とする。

 

    分析および結論

    『中華人民共和国個人情報保護法』の関連条項は、公共の安全を維持するために必要であり、国の関連規定を遵守し、かつ顕著な注意喚起表示を設置した場合に限り、公共の場所に画像収集・個人身元識別装置を設置してよいと規定している。収集した個人の画像、身元識別情報は公共の安全を維持する目的にのみ使用でき、他の目的に使用してはならない。ただし、個人の個別の同意を得た場合はこれに限らない。

 

    当該発明創造が保護を請求する解決手段から分かるように、画像収集と顔認識手段を商業施設などの営業場所でマットレスの正確なマーケティングに使用することは、公共の安全を維持するために必要ではない。さらに、顧客のマットレスに対する真の嗜好を取得して分析するために、その顔情報を収集して身元識別情報を取得することは、顧客が気づかない状況で行われていることは明らかであり、出願書類にもデータ取得や情報収集が合法的かつ規制に適合していることは記載されていない。したがって、当該発明創造は法律に反し、『専利法』第5条第1項の規定に基づき、特許権を付与してはならない。

 

【例2】無人運転車両の緊急時意思決定モデルの構築方法

    出願内容の概要

    本発明特許出願の対象となる解決手段は、無人運転車両の緊急時意思決定モデルの構築方法であり、歩行者の性別と年齢を障害物データとして、学習により得られた意思決定モデルを用いて、障害物を回避できない状況における保護対象と衝突対象を決定するものである。

 

    特許請求の範囲

    無人運転車両の緊急時意思決定モデルの構築方法であって、

 

    無人運転車両の過去の環境データと過去の障害物データを取得し、前記過去の環境データは、車両の走行速度、自車線上の障害物との距離、隣接車線上の障害物との距離、自車線上の障害物の運動速度と運動方向、隣接車線上の障害物の運動速度と運動方向を含み、前記過去の障害物データは、歩行者の性別と年齢を含み、

 

    前記過去の環境データと過去の障害物データに対して特徴抽出を行い、意思決定モデルの入力データとし、障害物を回避できない場合の車両の過去の走行軌跡を意思決定モデルの出力データとし、過去のデータを意思決定モデルに学習させ、前記意思決定モデルは深層学習モデルであり、リアルタイム環境データとリアルタイム障害物データを取得し、無人運転車両が障害物を回避できない状況に遭遇した場合、学習させた意思決定モデルを用いて無人運転車両の走行軌跡を決定すること、を特徴とする。

 

    分析および結論

    当該発明創造は、無人運転車両の緊急時意思決定モデルの構築方法に関わるものである。人の命は年齢や性別に関わらず、同等の価値と尊厳を有する。無人運転車両の緊急時意思決定モデルが回避不能な事故において、歩行者の性別と年齢に基づいて保護対象と衝突対象を選択することは、「命は平等である」という公衆の倫理・道徳觀念に反する。さらに、このような意思決定方法は社会に存在する性別や年齢に関する偏見を強化し、公衆の公共交通の安全性に対する懸念を引き起こし、科学技術と社会秩序に対する信頼を損ないかねない。したがって、当該発明創造は社会道徳に反する内容を含み、『専利法』第5条第1項の規定に基づき、特許権を付与してはならない。

 

 

筆者コメント:

    『専利法』第5条第1項の審査基準については、今回の改正前の『専利審査指南』第2部分第1章第3節において、概括的な規定がなされており、「3.1.1 法律に反する発明創造」、「3.1.2 社会道徳に反する発明創造」、「3.1.3 公共の利益を害する発明創造」が含まれていた。

    

    今回の改正で、第2部分第9章において、『専利法』第5条第1項に基づき、人工知能とビッグデータに関わる発明創造の対象をいかに審査するかを規定する節が特別に設けられた理由は、人工知能とそれを支えるビッグデータなどの技術の急速な発展に伴い、新たなアルゴリズムやモデルが新たに出現し、各業界で多様な応用が生まれると同時に、これらの技術の応用は大量のデータ情報リソースを支えとして必要とし、その深い発展は必然的にアルゴリズム倫理、データセキュリティ、データコンプライアンスなどの倫理的課題をもたらすからである。例えば、アルゴリズムやモデルに関わる解決手段が特定の分野に適用される場合、関連法律や社会道徳に反したり公共の利益を害したりする問題がないか、人工知能によるデータの取得と利用に関わる場合、関連データの出所、利用シーン、セキュリティ管理や利用規範で関連法律を遵守しているか、また、データ内容自体に加え、具体的なデータ収集、保存、処理などの手段が関連法律の要件に合致しているか、社会道徳に反したり公共の利益を害したりしていないかなどの課題が存在する。したがって、技術の発展に伴い、この側面の審査規定の細分化、修正、改善をしていく必要がある。

 

【例1】について

    【例1】は、ビッグデータに基づく商業施設内マットレス販売支援システムに関わるものであり、公共の場所における画像収集、顔認識、身元識別などのプロセスを伴う。個人情報の収集、識別および処理に関わるため、『中華人民共和国個人情報保護法』(以下「個人情報法」という)の規定に適合しなければならない。当該発明は商業施設内で画像収集と識別を行うものであり、商業施設は公共の場所に該当するため、画像収集装置や個人身元識別装置の設置、および収集した情報の処理は、『個人情報法』第26条の規定に適合しなければならない。本発明創造は、直接には公共の場所における画像収集装置・個人身元識別装置の設置には関わらないが、公共の場所に違法に設置された装置を利用して個人情報を収集・取得する場合、この情報収集プロセス自体が違法であり、収集された情報の使用と処理も当然違法となる。さらに、「個人情報法」第26条は、公共の場所に合法的に設置された画像収集装置、個人身元識別装置を利用して収集した個人の画像、身元識別情報は公共の安全を維持する目的にのみ使用でき、他の目的に使用してはならないと規定している。

 

    【例1】の発明は個人の顔認識と身元識別にも関わり、この識別プロセスは機微な個人情報に関わる。『個人情報法』第28条によれば、機微な個人情報には、生体認証、宗教的信仰、特定の身分、医療健康、金融口座、行動履歴などの情報、および14歳未満の未成年者の個人情報が含まれる。機微な個人情報を処理するには、『個人情報法』第29条の規定に基づき、個人の個別の同意を、特定の条件下では書面による同意を得なければならい。したがって、上記の規定に従い、【例1】の発明創造が公共の場所で顧客の顔情報を収集し、その身元識別情報を取得することは、データ取得または情報収集が合法・適法であり、その目的が公共の安全を維持するために必要であることが記載されていない限り、明らかに法律に反し、特許権を付与してはならない。

 

    中国の『生成型人工知能サービス管理暫定弁法』も、事業者が個人情報に関わる事前学習や最適化学習などの学習データ処理を行う場合、個人の同意を得るか、法令や行政法の規定を遵守しなければならないこと、事業者が法律に従い、利用者の入力情報および利用記録を保護する義務を履行し、必要以上に個人情報を収集したり、利用者を特定できる入力情報および利用記録を不正に保持したり、利用者の入力情報および利用記録を不正に他者に提供したりしてはならないことを規定している。

 

    ただし、注意すべきは、『専利法実施細則』第10条の規定に基づき、『専利法』第5条でいう法律に反する発明創造には、その実施のみが法律によって禁止されている発明創造は含まれないことである。つまり、単に発明創造による製品の生産、販売または使用が法律による制限または拘束を受けるに過ぎない場合、当該製品自体およびその製造方法は、法律に反する発明創造には該当しない。『専利審査指南』では、武器に関する例が挙げられており、その生産、販売および使用は法律によって制限されているが、それ自体およびその製造方法は依然として特許保護の対象となり得るとされている。したがって、【例1】のような発明創造においては、技術的解決手段が画像の収集、生体特徴の抽出、身元識別などに関わる場合でも、これらの技術的内容を含む解決手段自体が法律に反しておらず、単にその技術的解決手段の実施が、個人情報の収集または身元識別を必要とするため、『個人情報法』における「許可なく個人情報を収集してはならない」「許可なく顔特徴を取得したり、身元識別を行ってはならない」など、法律によって制限または禁止されているのであれば、審査官は第5条第1項に基づいて当該発明創造の出願を拒絶すべきではない。

 

    発明創造が『個人情報法』などの法律に反しないように、個人情報処理に関わる特許を出願する際、出願書類においてデータの取得と使用の合法性をいかに確保するかを明確に説明すべきである。例えば、公共の場所での大規模な画像収集および処理に関わる場合、発明の目的が公共の安全を維持するためであることを説明すべきである。情報または画像の収集と使用に関わる場合、個人のプライバシーを侵害しないことを確保すべきであり、例えば、個人の個別の同意または黙示の同意を得るか、個人を識別できないようにする処理(すなわち、追加情報がなければ特定の個人を識別できないように個人情報を処理するプロセス)または匿名化(すなわち、特定の個人を識別できず、かつ復元できないように個人情報を処理するプロセス)によって個人の機微情報を隠すなどが挙げられる。最後に、特許出願の内容がデータ(特に個人情報)またはデータ処理に関わる場合、出願人または代理人は、特許出願の明細書に情報収集と処理に関する声明、例えば「本出願に関わるユーザー情報およびデータは、すべてユーザーの許可または関係各所による十分な授許可得た情報およびデータである」と記載し、審査官の懸念を可能な限り払拭すべきである。

 

【例2】について

    【例2】は無人運転の緊急時意思決定に関わるものであり、この事例は本質的に「トロッコ問題」(Trolley Problem)に類似している。トロッコ問題は有名な倫理学上の思考実験であり、大まかに言えば、制御不能になったトロッコが線路を疾走しており、前方で5人の作業員が作業中で、彼らは気づかず、間もなく轢き殺されようとしている状況で、あなたは線路脇の制御室にいて、手元にはレバーがあり、何もしなければトロッコは5人を轢き殺す。レバーを操作すれば、トロッコは別の線路に進み、そこにいる1人の作業員が犠牲になるが、5人は救われる、という設定である。1967年に提起されて以来、倫理学で最も有名な思考実験となったトロッコ問題は、半世紀以上にわたる発展を経て、現代技術、特に自動運転AIに対する最も鋭い問いかけへと進化している。

 

    現代社会で広く認められている倫理道徳の基礎は、命は平等であるという理念だ。いかなる個人の命も、その社会的地位、富、性別や年齢にかかわらず、同等の価値と尊厳を持つ。【例2】の特許出願における意思決定モデルは、性別と年齢を入力データとして用いており、本質的には差別的な生死の選択メカニズムを構築するものである。このようなメカニズムは、「命に貴賤なし」という最も基本的な社会道徳に反する。このような意思決定が許されれば、技術システムに人間の道徳の最低ラインを超える権限を与え、高齢者や特定の性別といった特定の集団の生命価値が他の集団より低いことを明示的に認めることになり、これは社会倫理が決して許容しないところである。この意思決定モデルは技術的なものというだけでなく、社会的なものでもある。また、性別と年齢を生死の意思決定に組み込むことは、社会にすでに存在する性差別や年齢差別を強化し、固定化するおそれがある。これは、法律や政策により、差別をなくし、平等を促進しようとする社会の努力に背くものであり、公共の利益を害し、科学技術の健全な発展と社会的受容性を阻害することになりかねない。

 

    したがって、【例2】の発明創造は、技術的に意思決定メカニズム(深層学習モデル)を提供しているが、その入力データ(歩行者の性別と年齢)と意思決定目標(保護対象と衝突対象の選択)は直接的に以下の結果を招いてしまう。①社会道徳に反し、命は平等であるという倫理の最低ラインを踏みにじる。②公共の利益を害し、公衆の自動運転技術に対する信頼を損ない、社会的差別と不平等を助長する。よって、『専利法』第5条第1項に基づき、当該発明創造は社会道徳に反する内容を含むため、特許権を付与してはならない。

 

    【例2】と類似したもう一つの例は、医療分野におけるAIの応用である。医療分野におけるAIの応用は現在急速に進んでおり、診断画像分析から個別化治療、さらにAIエージェントによる意思決定支援まで及んでいるが、それは両刃の剣のように、人類の最も深刻な倫理矛盾を増幅させている。自動運転の「トロッコ問題」を病院に置き換えると、類似の問題に直面する可能性がある。資源が限られている状況で、AIシステムは誰を優先的に治療すべきか?富裕層か、それともホームレスか?高齢者か、それとも子供か?

 

    AI医療とAI自動運転技術は上記の倫理的ジレンマによって止まることはないだろうが、社会道徳に反し、公共の利益を害する内容を含む発明創造について、中国は『専利法』の枠組みの中で明確に否定的な態度を示しており、特許権を付与することはできない。    

 

    要約すると、人工知能に関わる発明には、以下のような法的・倫理的問題が生じる可能性がある。①データプライバシーと保護:人工知能の学習と運用には大量のデータが必要であり、その中には個人のプライバシー情報が含まれる可能性がある。データの収集、保存、使用、共有の過程において、データ主体のプライバシーが侵害されないように、データ保護に関する法令を遵守しなければならない。人工知能技術は大規模な監視に利用される可能性があり、個人のプライバシーを侵害するおそれがある。②データの合法的な出所:AIモデルの学習に使用するデータを合法的に取得しなければならず、他人の知的財産権やその他の合法的な権利および利益を侵害してはならない。前述の「生成型人工知能サービス管理暫定弁法」では、生成型AIサービスの事業者は、他人の知的財産権を侵害しないように、事前学習データを合法的に取得しなければならないと規定している。③アルゴリズムバイアスと差別:アルゴリズムバイアスは通常、学習データのバイアスに起因する。学習データに人種、性別、年齢などの差別がある場合、AIモデルはこれらのバイアスや差別を学習して増幅させ、不公平な結果を招く可能性が高く、特定の集団に不利益をもたらし、法的紛争や社会的議論を引き起こすおそれがある。したがって、人工知能製品に関わる発明や関連発明の明細書の作成に際しては、上記の倫理的・法的問題に細心の注意を払う必要がある。

 

著者プロフィール:

    王勇氏は1991年に上海華東師範大学コンピュータ科学専攻を卒業し、学士号を取得した。1994年に中国科学院計算技術研究所の修士号を、2005年に中国人民大学の法学修士号を取得した。1991年~2006年まで中国特許代理(香港)有限公司に勤め、電気学部マネージャーを務めていた。2007年1月泛華偉業知識産権代理有限公司に加入した。 コンピュータハードウェア&ソフトウェア、通信技術、半導体装置及び製造技術、自動制御及び家電製品などの分野が得意である。特許出願文書の作成、審査指令の応答、再審請求、無効審判、特許行政訴訟、権利侵害訴訟、集積回路のレイアウト保護、コンピューターウェアーソフト保護などの方面に豊富な経験を持っている。

 

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