パートナー 弁護士・弁理士 王勇

 

    特許制度において、特許請求の範囲は特許保護範囲を画定する核心的な文書であり、その文言の内容と明細書との有機的連携は特許権の安定性と有効性に直接影響を与える。「中華人民共和国専利法」の規定によれば、請求項は明細書によって支持されなければならない。すなわち、請求項が限定する技術的解決手段は、明細書に明確かつ十分に記載され、当業者が理解し実施できるものでなければならない。しかし、特許書類の作成、審査、無効審判手続きにおいて、さまざまな理由により記述の曖昧さや誤記が生じ、その結果、請求項と明細書の内容に不一致が生じ、紛争を引き起こす可能性がある。

 

    最高人民法院(以下「最高院」という)は(2023)最高法知行終246号行政判決書において、ある発明特許無効行政紛争について終審判決を下した。本事件の焦点は、特許権者が無効審判手続きにおいて行った請求項の修正が「明らかな誤記の修正」に該当するか、また当該修正が受理されるべきかにある。本判決は、国家知識産権局および第一審裁判所の誤った認定を是正しただけでなく、請求項の解釈における全体性原則を強化したものであり、これは特許審査および司法実務に対して指針となる意義を持つ。本稿では、「専利法」に関する研究および実務への参考を提供することを目的とし、判決書の内容に基づき、本事件の背景、審理過程、判決理由およびその影響を分析する。

 

.事件の背景と審理過程の概要

 

    本事件は、「電動車輪、および干渉により電動モーターの固定子ハウジングをブラケットに固定する方法」という名称の中国発明特許(特許番号:201510314161.2)に関わり、特許権者はイタリアのAMER社(以下「A社」という)である。2021318日、〇〇智能駆動(杭州)股份有限公司(以下「B社」という)は国家知識産権局に対し、当該特許権の全部無効を宣告するよう請求した。

 

    B社が主張した主な無効理由は、請求項の保護範囲が不明確であること、明細書によって支持されていないこと、および創造性を欠くことである。特に、「明細書によって支持されていない」点に関する争点は、請求項1の先行文献に区別する技術的特徴に集中している。当該請求項の区別技術的特徴は原文において、「前記固定子ハウジング(15)は、対応する形状が互いに補完的な環状部分(18)に挿入され、前記環状部分は前記ブラケット(12)から延び、干渉により前記ブラケットに固定される」と記載されている。国家知識産権局は無効審査において、この記載が明細書第[0023]段落の「環状部分はブラケットと一体的に形成され、ブラケットから延びており、かつ固定子ケーシングは干渉により環状部分に固定される」との記載と一致しないと判断し、請求項1が明細書によって支持されていないと認定し、これにより、当該特許権の全部無効を宣告した。

 

    無効宣告手続において、A社は請求項1を修正しようとし、原文の「前記環状部分は前記ブラケット(12)から延び、干渉により前記ブラケットに固定される」を「前記固定子ハウジング(15)は、対応する形状が互いに補完的な環状部分(18)に挿入され、干渉により前記ブラケットに固定され、 前記環状部分は前記ブラケット(12)から延びる」に修正した。A社は、この修正が「明らかな誤記」の修正に該当し、認められるべきであると主張した。しかし、国家知識産権局は、この修正方法が「審査指南」の関連規定に適合しないと判断し、受理せず、請求項19がすべて明細書によって支持されていないことを理由に特許権の全部無効を宣告した。

 

    A社は国家知識産権局の無効決定を不服として、北京知識産権法院に行政訴訟を提起した。第一審裁判所は、請求項1の原文の記述が明確であり、A社の修正は「明らかな誤記」の修正に該当せず、かつ請求項1が限定する技術的解決手段は確かに明細書と一致しないとして、A社の請求を棄却する判決を下した。

 

    A社はその後、最高人民法院に上訴し、第一審判決および無効宣告決定の取り消し、ならびに国家知識産権局による審査決定の再作成を命じるよう請求した。最高院は2023523日に受理し、同年97日に審理を行った結果、2024620日に終審判決を下した。

 

.最高院の判決理由と論理的推論

 

    最高院の判決書は、手続き上の前提問題にのみ焦点を当てつつ、本事件の核心的争点である「特許権者による請求項1の修正が『明らかな誤記の修正』に該当するか否か」について、以下の4つの側面から全面的かつ徹底した分析を展開した。

 

1.「明らかな誤記」の認定における前提的誤りの是正

 

    最高院はまず、被訴決定および第一審判決が「明らかな誤記」を認定するにおいて前提的誤りが存在するを指摘した。国家知識産権局および第一審裁判所は判断において、「請求項の保護範囲に変更を生じさせる可能性があるか否か」を「明らかな誤記」に該当するか否かの前提としていた。最高院は、この手法が誤りであると判断した。なぜなら、それは請求項の記述を保護範囲を確定する唯一の根拠としており、これは請求項の解釈規則に適合しないからである。

 

    これに対し、最高院は「特許権付与・権利確定行政事件の審理における法律適用に関する若干の問題の規定(一)」(以下「司法解釈一」という)第4条を引用した。同規定は、特許請求の範囲、明細書および図面における文法、文字、数字、句読点などに明らかな誤記や曖昧な点が存在するが、当業者が通読することで唯一の理解を得られる場合、人民法院はその唯一の理解に基づいて認定すべきであると明確に規定している。この規定の立法目的は、特許権者が技術革新の貢献に見合った保護範囲を獲得することを保障すると同時に、公衆の特許文書に対する合理的な信頼を維持することにある。最高院はこれに基づき、「明らかな誤記」の修正は、本質的に特許書類全体の理解に基づいて請求項の本来の意味を復元するものであるため、保護範囲の拡大とみなされるべきではないと判断した。この論述は、後の推論の土台を築くものであり、すなわち「明らかな誤記」の判断は、請求項の文言を孤立して解釈するのではなく、特許書類全体と組み合わせて総合的に判断しなければならないことを示している。

 

2.「明らかな誤記」の有無:「当業者」の視点に基づく全体的判断

    

    前提的誤りを是正した後、最高院は「当業者」の視点を用いて本事件の特許書類を全体的に判断し、「明らかな誤記」の有無を確定する方法について詳細に説明した。

 

    裁判所は、請求項の解釈については「技術的解決手段そのものに戻らなければならない」と強調し、主題名称、特許請求の範囲、明細書および図面を組み合わせて全体的な文脈を形成し、「技術的整合性」によって「文言的整合性」に取って代わるべきであると述べた。

 

    まず、発明の主題名称から着手する。最高院は、本特許の名称が「電動車輪、および干渉により電動モーターの固定子ハウジングをブラケットに固定する方法」であると指摘した。この名称から、当業者は本特許の核心技術が「電動モーターの固定子ハウジング」と「ブラケット」を干渉固定することにあり、その技術的貢献がねじ部品を省略できる点にあることを明確に理解できる。請求項1の「環状部分は干渉によりブラケットに固定される」を文字通り解釈すると、ブラケットと自身の延長部が「干渉」する必要があることを意味し、技術的に矛盾が生じる。これは後で請求項を解釈するにおいて基礎を築いた。

 

    次に、特許請求の範囲の内部の関連性から分析する。最高院は、特許請求の範囲全体を精読すれば、請求項1に明らかな誤記があることが判明すると判断した。

  •     ♦  請求項1の原文において、「前記環状部分は前記ブラケット(12)から延び、干渉により前記ブラケットに固定される」と記載されている。最高院は、当業者の観点から、「環状部分」が「ブラケット」から延びている場合、両者は一体であり、干渉による固定を別途必要とすることは不可能であると指摘した。この矛盾は明白であり、当業者が請求項1の原文に曖昧さまたは誤記があることを認識するのに十分である。
  •     ♦ 最高院はさらに、請求項1を直接または間接的に引用する請求項5と請求項6を分析した。これらはいずれも「前記干渉」が「固定子ハウジング(15)と環状部分(18)との間で得られる干渉効果」を指すことを明確にしている。
  •     ♦ さらに、方法請求項である請求項8もまた、「干渉により電動モーター(11)の固定子ハウジング(15)を……ブラケット(12)に固定する」ことを目的としている。この請求項は、方法の手順において「固定子ハウジング(15)」と「環状部分(18)」が連携して収縮し、干渉により固定を生じさせることをさらに明確にしている。

 

    これらの請求項間の相互引用と解釈は、干渉による固定が環状部分とブラケットの間ではなく、固定子ハウジングと環状部分の間で発生しているという明確な技術的論理を構成している。これは請求項1の原文と鮮やかな対照を成し、原文に明らかな誤記があることをさらに証明できる。

 

    最後に、明細書および図面により裏付ける。最高院は、明細書および図面を精読すれば、同様に請求項1の記述に誤記または曖昧さが存在することが判明すると指摘した。

  •     ♦ 背景技術:明細書は、本特許の改良点が部品の削減と組立の簡素化にあり、ねじ部品を不要とする方法で固定子ハウジングとブラケットを固定することにあると明確に述べている。これは、本発明が解決しようとする技術的課題が環状部分とブラケットの固定ではなく、固定子ハウジングとブラケットの固定であることを改めて強調している。
  •     ♦ 具体的な実施方法:明細書第[0023]段落において、「環状部分はブラケット(12)と一体的に形成され、ブラケットから延びており、かつ固定子ケーシングは干渉により環状部分(18)に固定される」と明確に記載されている。この記述は、請求項1の原文にある「環状部分が干渉により前記ブラケットに固定される」という文言を直接否定し、正しい技術的解決手段を提供している。さらに、第[0025][0028][0042][0043]段落など、明細書の他の段落においても、固定子ハウジングが干渉によりブラケットの環状部分に固定されるという技術的特徴が繰り返し説明されている。
  •     ♦ 図面:4および図5は、環状部分(18)がブラケット(12)の一部であり、両者が明らかに一体であり、干渉による固定を必要としないことをわかりやすく示している。

 

3.唯一の正しい解釈を導き出せるか否か

 

    上記の分析を通じて、最高院は次の結論に達した。当業者は特許請求の範囲全体を精読すれば、請求項1に誤記または曖昧さが存在することを明確に認識でき、かつ唯一の正しい技術的解決手段を導き出せる。すなわち、「前記固定子ハウジング(15)は、対応する形状が互いに補完的な環状部分(18)に挿入され、干渉により前記ブラケットに固定され」、「前記環状部分は干渉により前記ブラケットに固定される」ではなく、「 前記環状部分(18)は前記ブラケット(12)から延びる」である。

 

4.結論

 

    以上の分析・論証に基づき、最高院はA社による請求項1の修正は「明らかな誤記」の修正に該当し、認められるべきであると指摘した。いわゆる「修正」とは、当初から存在していた内在的な技術的解決手段を言葉に再現したに過ぎず、新たな事実を導入したり、範囲を拡大したりするものではないため、特許権者によるこの明らかな誤記の修正は実施細則の規定に違反しない。被訴決定および第一審判決は、「保護範囲に変更を生じさせる可能性があるか否か」を判断の前提として誤って扱い、司法解釈一の全体的解釈の規則を無視していた。

 

    最高院は最終的に、第一審判決および国家知識産権局の無効宣告決定を取り消し、国家知識産権局に対し、A社による請求項の修正を受理した上で、当該特許が明細書によって支持されているか否かなどの課題について改めて評価を行うよう命じた。

 

.本判決がもたらす重要な意義と将来への影響

 

    最高院の本判決は、本事件の具体的誤りを是正しただけでなく、新たな司法審査基準を確立するものであり、中国の特許審査制度と実務に深い影響を与えると思われる。

 

1.「明らかな誤記」の認定基準の修正

 

 長年にわたり、中国の特許行政司法は「文言主義」を貫き、すなわち、特許権付与公告の文言を最高基準とし、特許権者が「明らかな誤記」を理由とする修正の余地を制限してきた。そのため、国家知識産権局は無効審判手続において「明らかな誤記の修正」の認定基準を厳格に適用し、「専利審査指南」の規定を機械的に解釈する傾向があった。すなわち、文字、句読点、文法などの明らかな誤記で保護範囲の変更を伴わない修正のみが認められるという立場であった。この厳格な審査基準は、審査の効率性と安定性をある程度保障する一方で、翻訳ミスや書き間違いなどの実質的でない誤記により特許権者が権利を失う可能性も生じ、これは明らかにイノベーションを保護するという特許制度の本来の目的と矛盾する。

 

    最高院の本判決は、この硬直した考え方を改め、請求項の解釈の全体性原則を強化した。すなわち、請求項の解釈は文字に限定されるべきではなく、明細書、図面、発明の目的と組み合わせて行われるべきである。この全体性原則はTRIPS協定と国際特許実務に由来し、表現上の瑕疵による特許無効を回避し、特許権の安定性を高めるのに役立つ。本判決では、「明らかな誤記」を判断する核心は「当業者」の唯一の理解にあると明確に指摘した。当業者が特許書類全体(特許請求の範囲、明細書、図面、発明の名称など)から、誤記を確実かつ唯一に識別し、正しい本来の意図を復元できる限り、この修正は「明らかな誤記の修正」に該当し、認められるべきである。したがって、本判決は技術的解決手段のレベルにおいて初めて「明らかな誤記+唯一の理解=修正許容」という規則を確立し、形式的安定性から技術的真実性への移行を実現した。この基準はより柔軟かつ合理的であり、特許文書の解釈規則にも合致している。

 

2.特許審査と司法審査の基準統一の促進

 

    本判決は、特許権付与・権利確定に関する行政事件において、最高院が国家知識産権局の審査決定に対して司法監督と是正機能を発揮したことを示している。本判決は「明らかな誤記」の判断基準を具体化し、国家知識産権局に対して新たな審査基準を設定した。今後、無効審判手続きや特許審査段階において、国家知識産権局の審査官が特許権者による修正の対象が「明らかな誤記」に該当するか否かを判断する際には、単に保護範囲の変更の有無を理由として一律に却下することはできず、より総合的で司法審査に近い判断基準を採用する必要が生じる可能性がある。これにより、特許審査実務はより公平かつ合理的な司法審査基準に近づき、特許審査と司法審査の基準統一が促進され、審査基準の不一致による行政訴訟の減少に寄与する。

 

3.特許権者に対するより合理的な救済手段の提供

    

    従来、特許書類に書き間違いや翻訳ミスが存在し、かつこれらの誤りが保護範囲を変更すると認められた場合、特許権者は特許権が全面的に無効と宣告されるリスクに直面することが多くあった。最高院のこの判決は、このような特許権者に新たな救済手段を提供し、特許書類に誤記が存在しても、当業者が書類から唯一の正しい意図を導き出せると証明できれば、「明らかな誤記の修正」を通じて特許権を救済できる可能性をもたらした。これにより特許権者の合法的な権益を保護するだけでなく、形式上の瑕疵により実質的なイノベーション成果が保護されない状況を回避することができる。

 

4.特許書類の作成品質に対する要求の高度化

 

    本判決が特許権者により多くの救済機会を提供したとはいえ、特許文書の作成品質に対する要求が緩和されるわけではない。むしろ本判決は、特許明細書の全体性と内部整合性を強調している。誤りが生じた場合に「明らかな誤記」と認定されるためには、出願人は作成時により厳密な姿勢が求められる。特許請求の範囲、明細書、図面間の論理関係と技術的解決手段は、一貫性があり明確でなければならない。特許書類自体に複数の矛盾が存在する場合、または当業者が書類から唯一の正しい理解を導き出せない場合、たとえ誤りが存在しても、「明らかな誤記」と認定されることは難しく、結果として修正が認められない。したがって、本判決は間接的に特許代理人に対し、技術的解決手段を全面的かつ正確に一貫して開示できる書類を作成するための能力の向上させるよう促すものでもある。

 

.まとめ

 

    最高人民法院(2023)最高法知行終246号行政判決書は、「明らかな誤記の修正」規則の徹底した解釈と適用を通じて、本事件の争点を公正に解決しただけでなく、中国の特許無効行政紛争の審査および審理基準に深い影響を与えた。これは長年にわたる「明らかな誤記」に対する硬直的な解釈を打破し、特許権確定手続きにおける「明らかな誤記」の修正の司法基準を再構築した。中国特許行政司法の「全体解釈―唯一の理解―保護範囲の拡大なし」という推論の教訓を踏まえ、「当業者の唯一の理解」を中核とする判断基準を確立した。本判決は、イノベーションの保護は形式にこだわらず、実質を探求すべきであるという特許法の精神への司法実務の回帰である。今後、本判決の精神が深く浸透するにつれ、中国の特許審査と司法審査はより公正かつ合理的なものとなり、イノベーション型国家建設により強力な制度的保障を提供するであろう。

 

 

著者プロフィール:

    王勇氏は1991年に上海華東師範大学コンピュータ科学専攻を卒業し、学士号を取得した。1994年に中国科学院計算技術研究所の修士号を、2005年に中国人民大学の法学修士号を取得した。1991年~2006年まで中国特許代理(香港)有限公司に勤め、電気学部マネージャーを務めていた。20071月泛華偉業知識産権代理有限公司に加入した。 コンピュータハードウェア&ソフトウェア、通信技術、半導体装置及び製造技術、自動制御及び家電製品などの分野が得意である。特許出願文書の作成、審査指令の応答、再審請求、無効審判、特許行政訴訟、権利侵害訴訟、集積回路のレイアウト保護、コンピューターウェアーソフト保護などの方面に豊富な経験を持っている。

 

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