一、案件概要

 

   日本で生まれた「美少年」ブランドの日本酒は、前世紀の20年代から九州で製造・販売されている。ブランド名は、当時の南薫酒造株式会社(後に「美少年酒造株式会社」と改名)の社長が、中国唐の詩人杜甫の『飲中八仙歌』の詩文「宗之瀟洒美少年」から抜粋し命名したものである。日本で登録許可された後、経営上の変化のため、商標はその酒造事業と共に日本NLA株式会社(以下、「NLA社」と称す)に移管されたが、NLA社もその後、「株式会社美少年」と改名された。

 

   中国の自然人である馮氏は、2004年から「」、「」、「玉乃光」、「高清水」、「賀茂鶴」を含む複数件の日本に由来する商標を中国で繰り返して出願登録し、且つ日本酒などの製品に目立つように使用し、また製品が日本産であると宣伝した。今までに馮氏は次の5件の「美少年」商標の登録を出願した。

 

番号

出願/登録番号

国際分類

出願日

登録日

商標名

1

22065677

33

2016年11月29日

2018年1月14日

2

19242286

33

2016年3月8日

2017年4月14日

3

16484591

33

2015年3月13日

2016年4月28日

4

8848113

下記「引証商標2」

33

2010年11月16日

2012年1月14日

5

4067769

下記「引証商標1」

33

2004年5月17日

2006年6月7日

 

 

   2014年、NLA社は『マドリッド協定』に基づき、自社の国際登録第G1192609号「」商標の領土を中国まで拡大しようと出願した(以下、「『美少年』」商標出願」という)。審査の結果、商標局は馮氏が提出した上記5件目の商標、すなわち第4067769号商標(以下、「引証商標1」という)及び4件目の商標、すなわち第8848113号「美少年」商標(以下、「引証商標2」という)を引証して上記出願を棄却した。NLA社は、2015年1月5日に、当時の商標評審委員会(以下、「商評委」という)に拒絶再審の申請を提出し、同時に、上記先行権利の障壁を解消するために積極的に取り組んだ。

 

►引証商標1について

 

   2011年3月9日、3年連続不使用を理由に他人に取り消し申請を掛けられ、最終的に2015年9月6日に取り消公告された。

 

►引証商標2の権利確定手続き及びNLA社の「美少年」商標出願

 

   1. 行政段階

 

   1.1 引証商標2について

   2015年5月22日、NLA社は『商標法』第49条の規定に基づき、馮氏が正当な理由なく3年以上使用していないことを理由に、引証商標2の登録の取り消しを商標局に申請した。2016年2月、商標局は審査の結果、馮氏が提出した商標の使用証拠が無効であると判断し、それにより引証商標2の取り消しを決定した。2016年3月、馮氏は上記の取り消し決定に対して商評委に再審を請求し、追加の使用証拠を提出した。取り消し再審の段階で、商評委は、馮氏が提出した使用証拠が完全な証拠チェーンを形成しており、引証商標2が指定商品において使用されたことを証明することができると認定し、それにより2017年1月に引証商標2の登録を維持する再審決定を下した。

 

   1.2 NLA社の「美少年」商標出願について

   取り消し再審手続きにおいて引証商標2の登録が維持されたため、商評委は2017年3月に第G1192609号商標の領土を中国まで拡大する出願を棄却するという再審決定を下した。

 

   引証商標2の取り消し案件において馮氏の提供した証拠に重大な欠陥があることを発見し、提供された写真の複写本が不鮮明で、自作の証拠が実際に履行されたか否かを裏付けるものがなく、写真が具体的な使用時間を示されていないなど、NLA社は商評委による取り消し再審決定及びその後の拒絶再審決定を受け入れることができず、これら2つの決定についていずれも行政訴訟を提起することを決意した。

 

   2. 訴訟段階

   2017年、NLA社は上記取り消し再審決定及び拒絶再審決定について相次いで北京知識産権法院(以下、「知産法院」という)に行政訴訟を提起し、そして取り消し再審案件(引証商標2について)についての訴訟の判決前に拒絶再審案件(NLA社の「美少年」商標出願)の訴訟の審理を中止するよう、知産法院に請求したが、法廷はこの中止請求を支持しなかった。

 

   2.1 NLA社の「美少年」商標出願について

   前述した審理中止請求が法廷によって支持されなかったため、NLA社の「美少年」商標出願の拒絶再審案件に対する訴訟手続きは引き続き進めれた。2018年4月の知的財産法院による一審、同年9月の北京市高級人民法院(以下、「北京高院」という)による二審が行われ、引証商標2が法的効力を失わず、有効な引証商標として使用できると認定され、第G1192609号申請商標が『商標法』第30条の規定に違反するという商評委の認定に誤りが認められず、これによりNLA社の訴訟請求が棄却された。

 

   2.2 引証商標2について

   一方、引証商標2の取り消し再審行政訴訟は長い待ち時間を経て、ついに2019年に知的財産法院より開廷審理された。原告のNLA社が第三者の馮氏の提供した証拠に疑問を投げかけたことに対して、知的財産法院は国家知識産権局[1](以下、「国知局」という)が証拠を審査する時に必ず複写物を原本と照れ合わせ、その真実性を検証し、原本と照合不可能の場合、挙証者は挙証不能の結果を負担するべきだと指摘し、原告NLA社の訴訟請求を支持した。馮氏がその後提起した上訴において、北京高院は2021年に上訴を棄却して原判決を維持するという第二審の最終判決を下した。最終的に、国知局は上記判決に基づいて2021年5月に引証商標2を取り消す再審決定を下した。

 

   上記の改めて下された取り消し再審決定を受けたNLA社は2021年10月に自社の「美少年」商標出願に関する拒絶再審訴訟について北京高院に再審を提起した。北京高院は審理の結果、当該再審が『行政訴訟法』第91条第2項に規定された「元の判決、裁定を覆すのに十分な新たな証拠がある」という再審の基準に合致すると判断して、合議廷で再審すべきであると裁定した。『最高人民法院による商標権の権利付与・権利確定に係る行政案件の審理におけるいくつかの問題に関する規定』第28条の規定によると、引証商標2は既に2021年11月13日に取り消し公告されたため、北京高院合議廷はNLA社の請求を支持し、第G1192609号出願商標の第一審、第二審判決及び拒絶再審決定を取り消すと判決し、そして国知局に当該商標について再審を行うよう命じた。最終的に、国知局は2023年2月に改めて再審決定を下し、G1192609号商標の中国領土での保護が承認された。

 

.難点及び示唆

 

(一)悪意登録への対処方の選択について

 

   現行の『商標法』第32条、第45条の規定によると、出願人が不正な手段で他人が既に使用して一定の影響がある商標を先に登録すると、商標登録日から5年以内に、先行権利者又は利害関係者が商標評審委員会に当該登録商標の無効宣告を請求することができ、悪意登録に対し、有名商標の所有者は5年の期間制限を受けない。

 

   ただし、実践では、外国企業にとって、この法的根拠に基づいて登録商標の無効宣告を請求することは挙証上の困難がある。外国企業は自社の商標を先行使用し且つ中国で一定の影響力があり、かつ相手が悪意を持って先に登録した証拠を自ら収集することが困難である。また、無効宣告を請求する権利の行使には5年の時効制限がある。相手の登録商標の5年後に無効宣告を請求する場合、自ら有名商標であることを証明する必要があるが、有名商標であると認められるには、自社が関連市場で公衆に広範な影響力を有することを証明するための、より多くの証拠を必要とし、挙証の難易度がさらに大幅に上がる。

 

   したがって、悪意登録が存在する場合でも、必ず無効宣告を提起する必要はない。代わりに、『商標法』第49条に基づいて、正当な理由なしの3年連続不使用を理由に商標登録の取り消しを請求してから、自社の商標を再登録するという方法が、より時間、費用及び手間を省くことができ、実践では、多くの企業が代理人の提案に従ってこのような対策を採っている。『商標法実施条例』第66条によると、正当な理由なしに3年連続不使用を理由に商標登録の取り消し請求案件に対し、商標登録者は、当該商標が取り消し請求された前に当該商標を使用した証拠又は使用していない正当な理由を提出する必要があり、一方、取り消し請求者は関連情況を説明するだけでよく、挙証責任が軽く、関連コストも明らかに少ない。

 

(二)裁判官の自由裁量権について

 

   2017年最高人民法院『「中華人民共和国行政訴訟法」の実行における若干問題に関する解釈』第51条(現在は『最高人民法院による「中華人民共和国行政訴訟法」の適用に関する解釈』第87条)の規定によると、訴訟過程において、案件の審判は関連民事、刑事又は他の行政案件の審理結果に基づいて行う必要があり、関連案件がまだ未決の場合は、訴訟を中止しなければならない。

 

   しかし、実践では、出願人は法院に審理中止を申請することはできるが、関連案件が本案件に影響を及ぼす否か、審理を中止すべきか否かについては、裁判官が自由裁量権を持ち、また、法院が受理する案件の量が膨大であり、案件のスケジューリングが複雑であるため、効率を上げ、案件の蓄積を減らすために、裁判官は審理中止を許可しない可能性がある。本件では、出願却下について提出された再審及び訴訟手続きと、登録商標の取り消しについて提出された申請、再審及び訴訟手続きが同時に進行された。登録商標を取り消す結果は拒絶再審訴訟の結果に実質的な影響を与えるが、裁判官は審理中止という裁定をしなかった。そして、再審を取り消す第一審は2019年まで開廷審理が遅らせられたため、タイムラインが大幅に延長され、当事者の訴訟コストを大幅に増加させた。

 

(三)上訴し続けるという選択

 

   現行の『商標法』第31条に規定されるように、2人又は2人以上の商標登録出願人が、同一の商品又は類似の商品について、同一又は類似の商標の登録出願をしたときは、先に出願された商標について初歩査定し公告する。

 

   取り消し再審の訴訟結果が未知である場合、拒絶再審訴訟の第一審の結果について上訴を引き続き提起するか否か、上訴に成功する保証がないため、非常に難しい選択である。ただし、上訴を提起する明確な利点は、第G1192609号商標出願を有効に維持し、出願日を保持することができることである。出願が有効に維持される場合、引証商標2の取り下げに成功し、再審訴訟が棄却されて第二審が勝訴すると、NLA社の「美少年」商標出願の登録が許可される。逆に、上訴を放棄すれば、領土拡大保護申請を却下する再審決定が有効になった場合、NLA社の「美少年」商標出願は他者の後の出願を阻止する効力を失う。この時、「美少年」又は類似商標を同一又は類似商品について登録出願する場合、引証商標2が最終的に取り消され、NLA社が新たな登録出願を提起したとしても、NLA社の後に提起された当該登録出願は、商標局が他の先行出願人の登録出願を優先的に認めてしまうという登録の障壁に直面する。したがって、時間や費用といったコストはかかるものの、出願人は、引き続き上訴を提起して元の出願を有効に維持することで、少なくとも他の新たな商標登録の障壁が生じるリスクを低減することができる。

 

(四)3年連続不使用による取り消しについての証拠認定

 

   通常、法院は係争商標の登録者が提出した商標の使用証拠を審査する時、商標の使用証拠が以下の基本的な要求を満たすことを要求する:

その1、関連証拠が形式的な真実性を有すること、

その2、商標の使用行為が指定期間内に行われたこと、

その3、使用証拠に係争商標の標識が示されていること、

その4、係争商標の標識はその使用が承認された商品又はサービスに使用されたこと。

 

   本件において、知産法院は、国知局が商標の取り消し再審案件を審理する際に、当事者が提出した証拠と原本を照合するように要求している。実践では、数多くの商事主体は登録商標を使用することを規範化する意識に欠けており、商業経営で保持される商標の使用証拠が少なく、さらに一部の商標権所有者は3年連続の商標不使用制度の規定を回避するために商標の使用証拠を偽造することもある。したがって、国知局が商標の使用証拠を審査する際には、原本を照合することが非常に重要である。商標権所有者が証拠使用の関連原本を提出できない場合、被告又は人民法院は複写物だけでは係争商標が指定期間に公に、真実に、合法的に使用されたか否かを判断することができなくなるため、挙証不能の法的結果を負うことになる。

 

   本事案は、国知局及び法院が将来このような案件を審理する際の参考になるものであり、証拠に対する審査において、証拠の真実性と関連性を厳格に判定するであろう。2022年12月4日、国知局は公式ホームページで『商標の使用証拠の提供に関する説明』を公表し、商標の使用証拠が適合すべき要求、商標使用の具体的な表現形態、商標使用と見なさない状況、3年連続不使用の正当理由などを詳しく規定している。今後の商標審査及び審理では、国知局及び法院のより明晰な判断が期待される。

 

(五)代理人の役割について

 

   本件の商標出願及びそれに起因する再審、取り消し、行政訴訟手続きは、専門的な法的問題に関わり、経験豊富な代理人による綿密な研究、専門的なアドバイス及び根気強い仕事を必要とする。本件における中日両方の代理人は、長年にわたる協力と協働により、良好な相互信頼、十分かつ緊密な意思疎通を確立している。時間、費用といったコスト、そして最終的な結果の不確定性に直面した場面で、双方の代理人は自分たちの専門性、経験及び自信を出願人に十分に示し、出願人を説得することで、代理人に対する理解、支援及び協力を勝ち取り、最終的に円満な結果を実現した。

 

 

 

 

[1]2018年11月15日の『国家知識産権局所属の事業所組織編成に関する中央編弁の回答』(中央編弁復字〔2018〕114号)によると、元の国家工商行政管理総局商標局、商標評審委、商標審査協作センターを国家知識産権局商標局に統合し、国家知識産権局所属の事業所となった。

 

 

 北京朝陽区朝陽門外大街16号中国人寿ビル10階1002-1005室       +86-10-85253778/85253683       mail@panawell.com

版権所有:北京泛華偉業知識産権代理有限公司    技術サポート:漢邦の未来 京ICP备18047873号-1