特許弁理士  劉想

       化学材料分野において、結晶形特許は、ますます注目されている。特に医薬分野において、結晶形特許の重要性がより顕著になっている。これは、新薬の開発に多大な財力及び時間がかかることが多いが、結晶形特許により特許保護期間及び薬品の市場流通期間を延長することができるからである。先発化合物特許が期限切れになっても、結晶形特許は期限切れになっていないことがあり、その場合、ジェネリック医薬品会社は、同じ結晶形を複製することができない。このように、結晶形特許により、先発医薬品会社は、より多くの商業的利益を作ることができる。

       近年、結晶形特許出願の特許権利化過程において遭遇する大きいチャレンジは、進歩性の問題である。筆者の実践経験によれば、結晶形特許出願に対して、進歩性答弁の成功の肝は、既知の化合物の新結晶形が予想外の技術的効果を取得したことを証明することにある。ある化合物には結晶形態が存在しているか否か、いくつの結晶形態が存在しているか、及びどのような結晶形態が存在しているかに対する予期せぬことは、進歩性審査における非自明性に相当しない。進歩性評価において考慮され得る予想外の技術的効果は、出願書類に明確に記載されているべき以外、相応の実験データにより実証された技術的効果であるべきである。

       本文章は、筆者がこのような特許出願実践において成功に特許権利化した事案と照れ合わせながら、結晶形特許出願過程において進歩性問題に対する答弁テクニックを検討する。

       事案1(出願番号が201711075793.3の中国特許出願)

       本願の請求項1は、イラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aを特許請求している。具体的に、前記イラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aは、Cu-Kα放射を使用し、2θ角度で表される粉末X線回折スペクトルは、4.795、12.295、12.710、14.684、15.887に特徴吸収ピークを有する。

       一回目の拒絶理由通知書において、審査官は、引例1(WO2011071314A2)にはイラプラゾールマグネシウム塩四水和物が開示されており、且つ該イラプラゾールマグネシウム塩四水和物結晶のTGA、DSC及びXRD粉末回折を測定していないため、本願と比較することができず、故に、既存の証拠に基づいて、本願のイラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aが引例1におけるイラプラゾールマグネシウム塩四水和物とは異なることを証明することができないと指摘し、これによって、請求項1が新規性を有していないと推定した。同時に、審査官は、更に、引例1にはイラプラゾールマグネシウム塩四水和物の品質に関する性質が開示されていないため、本願が引例1に対して予想外の技術的効果を有することを証明できる証拠がないと指摘した。

       一回目の拒絶理由通知書、二回目の拒絶理由通知書への応答過程及び審判請求において、出願人は、相次いで請求項1におけるイラプラゾールマグネシウム塩の結晶形AのXRD全スペクトル及びその製造方法を更に限定し、引例1のイラプラゾールマグネシウム塩四水和物のXRDパターンを補充することにより、本発明のイラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aと引例1のイラプラゾールマグネシウム塩四水和物との結晶構造での違いを証明した。同時に、出願人は、純度に関して本発明によって取得された予想外の技術的効果を更に陳述した。

       しかし、審査官と合議体は、出願人の上記応答及び補正を認めなかった。審査官は、まず、薬物結晶について、薬物結晶の優位性が、普段は安定性又はバイオアベイラビリティなどの面に反映されており、結晶純度の向上は一般的には予想外の技術的効果に属さず、次に、XRDスペクトルは結晶内部構造を特徴付ける方法であり、一般的には結晶純度を特徴付けることができないため、XRDのみに基づいて、引例1における結晶純度又は結晶度が低いとは言えない、と指摘した。合議体は、(i)引例1には、実施例14のイラプラゾールマグネシウム塩四水和物の結晶形の化学純度、耐熱・耐高温安定性及び流動性効果データが開示されておらず、審判請求者により本願が引例1と比べて化学純度、耐熱・耐高温安定性及び流動性においてより高い技術的効果を有することが証明されていない場合、本願の請求項1の発明が引例1に対して際立った実質的特徴と顕著な進歩を有すると認めることができない;(ii)請求項1の製品請求項を評価する時、その方法特徴が製品自体に対して限定作用を奏することを証明できる証拠がまだなく、方法特徴が、製品請求項に対し限定作用を構成していないと指摘した。そのため、方法特徴の違いは製品請求項自体に進歩性をもたらすことができないと指摘した。

       これについて、請求者は、審判通知書への応答時に、本発明のイラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aと引例1のイラプラゾールマグネシウム塩四水和物との流動性、安定性及び純度の面での比較実験を重点的に補充することにより、本発明のイラプラゾールマグネシウム塩の結晶形Aが引例1のイラプラゾールマグネシウム塩四水和物に対して予想外の技術的効果を取得したことを証明した。

       上記の観点は、合議体に認められ、中国国家知識産権局による本願への拒絶査定が取り消され、本願は最終的に特許権利化に成功した。

       上記事案により、今後、このような案件を処理するためのの経験を以下にまとめる。(1)XRDパターンを補充するだけでは本発明の材料の結晶構造が従来技術に開示された材料の結晶構造と異なることを証明するために十分ではなく、従来技術に開示された材料の結晶構造に対して本発明の材料の結晶構造がもたらす予想外の技術的効果を更に証明する必要がある。(2)最も近い従来技術に対して本発明がもたらす技術的効果を証明するとき、本技術分野の周知の側面から証明する必要があり、例えば、薬物結晶形の技術的効果は、普段は安定性又はバイオアベイラビリティの側面に反映されていて、当然ながら、これらの技術的効果は、出願書類で言及されたものでなければならない。(3)出願書類の作成段階で、出願書類にて当該結晶の特徴と既知の結晶との相違点をできるだけ正確に特徴付けて詳細に開示すべきであり、単一の技術的効果のみを記載するのではなく、様々な技術的効果を記載するようにすべきある。参照可能な技術的効果としては、溶解性、溶出度、溶出速度、吸湿性、安定性、流動性、純度、バイオアベイラビリティ等がある。複数の技術的効果を記載すると、後期に複数の技術的効果の同時向上を主張する余地があり、進歩性が認められる確率が単一の技術的効果の場合よりも高まる。同時に、より多くの技術的効果を記載することで、後続の実験データの補充のためにより多くの可能性を確保することができる。従って、実際のパラメータデータを多く記載することによって、後続の段階でより多くの次元から実験データを補充し、進歩性を証明することが可能となる。

       事案2(出願番号202011548589.0の中国特許出願)

       本願は、化学式A1-xA'xB1-yB'y(式中、Aは、プロトン化のアマンタジンであり、Bは、ホルメートイオンであり、A'は、…、プロトン化のアマンタジン及び…から選択される一種又は複数種であり、B'は、…、次亜リン酸イオン、酢酸イオン及び…から選択される一種又は複数種であり、0≤x≤0.3、0≤y≤0.3)を有する全有機焦電材料を特許請求している。

       一回目の拒絶理由通知書において、審査官は、引例1(CN103588648A)には、アマンタジンギ酸塩が開示されており、該アマンタジンギ酸塩が、請求項1におけるA1-xA'xB1-yB'yの範囲(即ち、Aは、プロトン化のアマンタジンであり、Bはホルメートイオンであり、x=0、y=0)内に収まり、両者の発明が同じであり、同じ技術分野に適用し、同じ技術的課題を解決し、同じ技術的効果を実現することができるため、請求項1が新規性を有していないと指摘した。

       一回目の拒絶理由通知書、二回目の拒絶理由通知書への応答過程において、出願人は、相次いで請求項1における全有機焦電材料の空間群及び格子定数を更に限定することにより、材料の結晶構造を更に限定した。本発明の全有機焦電材料の結晶構造が引例1に開示された材料とは異なることを証明するために、本発明の出願人は、引例1の材料の結晶構造の特徴づけを提供せず、両者の材料の製造方法(例えば結晶化温度)の違い及び材料の示す物理化学的性質の側面から、引例1のアマンタジンギ酸塩が確かに本発明の結晶構造を有しないことを証明した。具体的に、出願人は、実験データを補充提出して本発明のアマンタジンギ酸塩の昇華温度を示した。本発明の実施例1のアマンタジンギ酸塩の常圧での昇華温度は、140℃であり、融点を有しない。つまり、本発明のアマンタジンギ酸塩は、直接昇華するものであり、融解の過程がない。これに対し、引例1のアダマンタンアミンホルメートの融点は、238℃である。このことから、本発明のアマンタジンギ酸塩は、物理的性質が引例1のアマンタジンギ酸塩とは全く異なることが分かる。そのため、当業者は、引例1のアマンタジンギ酸塩が本発明の結晶構造を有しないと合理的に推定できる。引例1の材料に対して本発明の全有機焦電材料がもたらす技術的効果を説明するために、出願人は、「本技術分野に周知のように、構造は性能に重要な影響を与える。また、本技術分野に周知のように、焦電性能は特に材料の構造特徴に依存する。当業者は、引例の材料構造が本発明とは異なった場合、その性能も本発明に匹敵しないと合理的に推定できる」と陳述した。

       上記の観点は、審査官に認められ、本願は、最終的に特許権利化に成功した。

       この案から分かるように、(1)出願人は、引例1の結晶構造の特徴付けデータを補充しにくい場合、本発明の材料の物理化学的性質を補充することにより、引例1に開示された当該物理化学的性質と比較し、本発明の材料の結晶構造が従来技術の結晶構造とは異なることを別側面から証明することができる;(2)本技術分野において、材料の性能は、特に材料の結晶構造(特に、材料の構造が変化すると、新たな性能をもたらすことができる)に依存することから、出願人が実験データを提供して引例の材料が本発明の材料の性能を備えないことを証明することができなかったとしても、本願の材料は、特許査定される機会があった。

       以上により、結晶構造の特許出願の特許権利化には、結晶構造が従来技術と異なることを確保する以外、結晶構造の変化により予想外の技術的効果をもたらすことも確保する必要がある。

 

著者プロフィール

       劉想弁理士は2010年に山東師範大学化学工学と技術学科を卒業し、工学学士号を取得し、2014年に北京化学大学の化学工学と技術学科を卒業し、工学修士号を取得した。2018年に当社に入社し、主に化学工業、材料、有機化学、医薬分野における特許出願書類の作成、審査意見通知書への応答、拒絶査定不服審判、特許の分析と検索、及びコンサルティングなどの業務に従事している。

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