弁理士 胡 豊
パートナー・弁護士・弁理士 郭 広迅

医薬化学の分野でMe−too薬は重要かつよく見かけるものである。 Me−too薬の研究開発は主にリード化合物をベースにして、母核構造を変えないまま、母核構造上の部分置換基を変換することにより、既知の薬物分子に対し構造改変や構造修飾を行う方法で進められる。リード化合物を改変することで、多くの場合、より良い治療効果を得ることができるという利点がある。Me−too策略は、現在世界各国で広く採用されている新薬開発の策略である。しかし、Me−too薬は、リード化合物に対し置換基を変換することによって得られるものであり、その構造がリード化合物に近いため、有機化学分野に係る特許出願の進歩性の判断において、審査官は、通常、置換基の変換を行うことは当該分野の通常の技術的手段であり、当該Me-too薬を得ることは自明であるとして、当該Me-too薬は進歩性を具備しないと判断する傾向がある。

 

Me-too薬が進歩性を有する鍵は、リード化合物と比較して予測できない技術的効果を得たことを証明することにある。また、改変部位の構造のわずかな相違が、性能の大きな変化をもたらす可能性があることを証明できれば、その部位で置換基の変換を行って、より良い性能を有する化合物を得ることは自明ではないことも示される。本文では、筆者がこのような特許出願の実務において登録査定までに成功したいくつかの案件を例にして、Me-too薬の特許出願の過程における進歩性の拒絶理由に対する反論のコツを検討する。

 

事例1(出願番号13/674,850の米国特許出願)
本発明は、抗血小板凝集作用を有するニトリル基含有チエノピリジルエステル誘導体に係るものである。請求項1は、式(I)の構造を有する化合物又はその薬学的に許容可能な塩の保護を請求する。

 
                                    (I)
そのうち、Rはニトリル基である。
審査官は、従来技術では抗血小板凝集活性を有する以下の化合物

が開示さ

 

れていると指摘した。また、本願の化合物は、従来技術にかかる化合物 のチオフェン環にアセトキシ基を結合していることに相当する。それに加え、プラグレルは、本願と同一の位置にアセトキシ基を含み、抗血小板凝集剤としての効果を保留しているので、当業者は化合物に対して上述の構造改変を行うことを想到することができ、本願は進歩性を具備しない。

審査意見の応答時に、出願人は宣誓書の形式で以下の補足実験証拠を提出して、審査官の指摘に反論した。

そして主に以下の角度から、本願に進歩性があることを述べた:表1に示すように、化合物5及び6は化合物3と類似の構造を有しており、化合物5及び6のチオフェンにアセトキシ基を導入した後に得られる化合物7は化合物5及び6と比較して著しく低下した血小板凝集抑制率0.9%を得られ、化合物7は実質的に不活性であると考えられる。そのため、チオフェン環にアセトキシ基を導入した後に、得られた化合物は効力が持続しないか、更には失われる可能性がある。しかしながら、先行技術により開示された化合物3のチオフェン環にアセトキシ基を導入した後に得られた本発明の化合物I−1は、化合物3と比較して、予想外に血小板凝集抑制率(82.5%は26.8%の2倍以上である)を著しく向上させ、予測できない技術的効果を得ている。

 

また、出願人は宣誓書において補足実験データを提供し、明細書に記載された本願の化合物がプラグレルと比較して、出血傾向の副作用を顕著に低減するという予測できない技術的効果を得たことをさらに検証した。 上記の観点はいずれも審査官に認められた。

 

本出願は最終的に米国で登録査定になった。また、本願の中国、ヨーロッパ、日本及び韓国におけるファミリー特許出願も、いずれも類似の反論理由で進歩性の審査を通り、権利化まで至った。

 

上記の事例から、このような事件の処理に用いることができる経験を纏めると下記通りである:(1)実験データの補足により、明細書に記載された技術的効果は複数の国で認められたことを説明する。米国では宣誓書又は声明の方式で提出する必要がある;(2)活性がよくない化合物を反例として提供することによって、ある部位の置換基の変化が化合物の活性に顕著な影響を与え、比較的に良好な活性を有する化合物を得ることは、従来の技術手段によって実現することができないということを証明する。反例の選択は、審査官の観点が成り立たないことを直接証明できる化合物であるのが望ましい。実際に、出願人がMe-too薬の研究開発を行う過程において、活性が比較的に良好な、または副作用が比較的に小さい化合物を得るために、通常、異なる置換基を含む化合物を大量に合成しているが、その中には活性等の効果が望ましくない化合物が多い;(3)出願書類の作成段階において、保護しようとする化合物の非自明性を具現するために、このような効果の悪い化合物の一部を対比例として明細書に記入してもいい。

 

事例2(出願番号13/575,258の米国特許出願)
本願は、糖尿病に対し治療効果を有するフェニルC−グルコシド構造を含むSGLT2阻害剤に係るものである。請求項1は、一般式Iの構造を有する化合物又はその薬学的に許容可能な塩の保護を請求する。ここで、R5及びR6の定義は、以下のいずれかの場合から選択される: (1) R5 = R6 = Me;(2) R5 =Me,R6 = OMe;(3) R5 =Me,R6 = H;(4) R5 =Me,R6 = F;(5) R5 = F,R6 = H;(6) R5 = OMe,R6 = H(R1~R4及び環Aの定義は省略)。

 
審査官の指摘は下記の通りである。「引用文献1ではフェニルC-グルコシドSGLT2阻害剤が開示されており、本願と引用文献1との相違点はR5及びR6の置換基が異なることのみであり、引用文献1におけるR5とR6は2つのフッ素である。引用文献2でもフェニルC−グルコシドSGLT2阻害剤が開示されており、メチレン橋は複数の置換基で置換され得ることが示唆されている。また、引用文献3では、ビオソステル(bioisostere)が薬物化学において新薬を合理的に設計するための策略であることが示唆されている。したがって、当業者が引用文献1を踏まえて、引用文献2と引用文献3を組み合わせて、本願の技術案を得ることができる。」

 

また、本願明細書の実施例における薬効を検証するための化合物と陽性薬であるDapagliflozinとの構造上の違いも、R5及びR6の置換基が異なるだけであり、DapagliflozinのR5及びR6はいずれも水素である。そして、明細書の実施例における薬効の結果から、本願の化合物の活性は一部のみが陽性薬であるDapagliflozinよりやや優れており、他の一部の化合物の活性がDapagliflozinと同等か、又はDapagliflozinよりやや劣っていることが示された。

 

出願人は拒絶理由に対し応答の時に、宣誓書の形式で補足比較実験データを提出した。その中で、R5及びR6が他のビオソステルの置換基となる(これらの置換基は引用文献2に係る置換基の定義の範囲内に入るが、本願の置換基R5及びR6の定義とは異なる)化合物は活性が非常に悪いか又は活性がほとんどないという補足実験データを提供することによって、R5及びR6置換基が化合物の活性に大きく影響することを証明した。本願において一部の化合物の活性は陽性薬であるDapagliflozinよりやや劣っているが、モデル群又はその他の活性の悪いビオソステルの化合物と比べて、ブドウ糖によるマウスの血糖耐性を著しく低下させることができ、この結果も予測できないことである。最終的に、審査官は上記の反論理由を認め、本願は登録査定となった。

 

本事例から分かるように、活性が不十分な化合物を反例として提供することにより、本願に係る化合物の効果は、陽性薬であるDapagliflozin(リード化合物)と比較して顕著に向上していないものの、予測できないものであることをさらに明らかにすることができる。別の角度から言えば、このような反例の存在は、当業者が置換基の簡単な置換によって類似の活性を有する化合物を得ることは非自明であり、本願の化合物の構造も非自明であることを証明することができる。

 

事例3(出願番号15/570,151の米国特許出願)
本願は、ジアリールメタン構造を含むカルボン酸系URAT1阻害剤に係るものである。請求項1は、式(I)の構造を有する化合物又はその薬学的に許容可能な塩の保護を請求する(R1~R3の定義は省略する)。
 
引用文献1は、下記一般式II−Aの構造を有する化合物を開示し、各置換基を定義している。比較の結果、引用文献1の一般式II-Aは、本願の一般式(I)で定義された大部分の化合物を包含しており、本願で最も効果の高い化合物を含むことがわかった。したがって、審査官は、本願は進歩性を具備しないと判断した。

引用文献1において式II−Aにおける各置換基の定義範囲は非常に大きく、その中のトリアゾール環とナフタレン環の連結部分-(CRaRa’)a-の定義は次のようになる:aは0、1又は2である;RaはHまたは任意に置換されるC1−3アルキル基である;Ra’はHまたは任意に置換されるC1−3アルキルである;又は、RaとRa’は、それらと連結された炭素原子とともに3員、4員、5員または6員環を形成し、O、NおよびSから選択される1個または2個のヘテロ原子を任意に含む。しかし、引用文献1の実施例において合成され、活性が検証された化合物は、いずれもトリアゾール環とナフタレン環が直接共有結合した化合物であり、すなわちa=0の化合物である。それに対して、本出願においては、トリアゾールとナフタレン環との間は、メチレン基で連結されており、すなわちa=0に相当する。

 

出願人は最初に拒絶理由に対し応答する時に、「引用文献1の実施例において、トリアザゾールとナフタレン環が共有結合で直接連結している化合物がURAT1阻害活性を有することのみを開示し、検証しており、それに対し、本願の明細書においては、メチレン基でトリアゾールとナフタレン環を連結している化合物が、共有結合を用いてこの2つの環を直接連結している化合物よりも顕著に向上した活性を有することが証明されおり、予測できない技術的効果が得られた」ことを強調した。しかし、審査官は、当業者が引用文献1に開示された一般式II-Aの化合物の示唆の下で、本願の化合物を合成し、その活性について試験する動機があり、これらの化合物も本願の化合物と同じ効果を有するとの判断を変えなかった。

 

再度の審査意見の応答時に、出願人は宣誓書を提出することにより、トリアゾール環とナフタレン環がエチレン基で連結されている化合物(すなわち、a=2)はほとんど活性がない実験的証拠を提出した。この化合物はエチレン連結基を含む以外には、他の置換基が本願の化合物と同一であり、引用文献1の一般式II−Aの範囲内に入る。最終的に審査官は、本願の技術方案に進歩性があることを認めた。 審査官は登録査定通知書に、「宣誓書に提供された実験データは、引用文献1の式II-Aの範囲内に入る一つの化合物がURAT1の活性を抑制しないことを示している。したがって、引用文献1の示唆から、必ずしもURAT1阻害活性を有する化合物が得られるとは限らない。本願発明に係る化合物は、URAT1に対して非常に強い阻害活性を有する。本願において保護を請求する化合物の技術的効果は、既存技術の示唆から予測することができない」と本願に進歩性がある理由を与えた。本願の中国及び欧州におけるファミリー特許出願も登録査定になっている。

 

以上をまとめると、Me-too薬の構造は既に開示されたリード化合物又はその誘導体と比較的に近いので、特許の出願時に、進歩性を具備する要件を満たすためには、一般的に先行技術の化合物に対して予測できない技術的効果を得られることを証明する必要がある。比較実験データは、特許出願が順調に登録査定になるか否かにおいて決定的な役割を果たしている。 実務的な経験として、出願人が明細書又は審査意見の応答において、改変された部位に他のビオソステルの基団を含むが効果が比較的に劣る化合物を対比として提供することができれば、保護しようとする化合物が取得した技術的効果が予測できないものであることを反例を用いて強調することができ、かつ通常の技術的手段に属するとの審査官の意見も成り立たなくすることができ、特許出願の順調な権利化を保障することができる。

 

参考文献:
[1]沈俊傑,尹軍団.Me-too薬の進歩性の把握と研究開発策略。『河南科学技術・知的財産権』,2016年1月,61-64。
筆者紹介:

 

胡 豊
2004年に河北工科大学を卒業し、製薬工学の理学士号を取得した。2007年に沈陽薬科大学を卒業し、医化学の修士号を取得した。2007年7月-2010年7月は上海開拓者化学研究管理有限会社で薬物合成の研究者として働いた。2011年パナウェルに入社し、入社前の3年間、特許エンジニアとして働いた。

 

郭広迅
1993年に青島大学の応用化学科を卒業し、学士号を取得し、1996年に北京工科大学のファインケミカルエンジニアリング学部の修士号を取得し、2004年に香港大学法学部の法学修士号を取得した。業務範囲は、化学、化学工学、高分子化学、医学、医療材料および機器、製薬および製薬化学、電気化学、農薬、洗剤、化粧品、製紙技術が含まれている。 特許の起草、審査、再審、無効化の手続きにおいて幅広い経験を持っている。 1996年から弁理士として中国特許代理(香港)有限会社に勤務し、2007年1月にパナウェルに入社。

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